福岡簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実の要旨は「被告人は昭和四〇年三月二二日午前一〇時五〇分頃、福岡市東光町四三番地附近の道路において、普通貨物自動車を約四〇キロメートル毎時の速度で運転して、同一進路を進行している普通乗用車の約六メートルの直後を追従進行し、もつて右先行車両が急に停止したときにおいても、これに追突するのを避けることができるため必要な距離を同車から保たなかつたものであるというのである。
「先行車両が急に停止したとき」とは一体、いかなる場合を指称するであろうか、道路交通法(以下単に法と略称する)第二六条の車間距離の保持の規定は、専ら追突の危険を防止するための規定であり、また法第五三条が先行車の運転者に停止する場合は合図すべき旨を命じて、追従車の追突の危険防止の一端を負担させていることと考え合せると、「先行車が急に停止したとき」とは、先行車が制動機の制動力によつて停止した場合を指称し、制動機の制動力以外の作用によつて異状な停止をした場合例えば障害物(車両も含めて)に衝突して進行を阻止されて停止した場合の如きは該当しない、即ちかような場合は追従車の運転者からみれば、そのようにして急停止した先行車は、自車の進路に突然障害物として現出したのと何ら選ぶところがないからである。
このことは、法第二六条の規定は旧道路交通取締法第一三条、同法施行令第二二条が「交通の安全を確保するため必要な距離」を車間距離として規定していたのと趣旨においては同一であるが、その適用範囲は多少異る即ち旧法では、先行車が制動機の制動力以外の作用により異状な急停止をした場合の危険防止にも適用されていたのであるが、法第二六条はこのような場合の危険防止は、法第七〇条の安全運転による危険防止に譲つたものと解するのを相当とする点から考えても前記のように解すべきである。
本件についてこれをみるに、
(一) 司法警察員巡査部長粟生嘉正外一名作成の実況見分調書
(二) 証人今吉忠親の当公廷における供述
によれば、本件日時場所における被告人の先行車は今吉忠親が運転していた普通乗用自動車で同人は同車を時速四〇キロメートル位で運転進行中、その直前を進行していた瀬戸幸夫運転の普通貨物自動車が急に停止したのに気付くのが遅れたため、僅か三、四メートルのスリツプの痕跡を生じて同車の後部に激突して停止したことが認められ、右停止は制動機の制動力によつて停止したものでない、即ち法第二六条に言う「急に停止したとき」に該当しない停止であるとみるのが相当である。
先行車が急に停止したとき、追従車がそれに追突した事実が認定できれば、特段の事由がない限りその追従車は追突を回避するに足りる車間距離を保持しなかつたものと推定することができるが、本件においては、被告人がその先行車である今吉忠親運転の車に追突したことは前掲(一)の証拠により明らかであるが、同車の停止は前記認定のとおり法第二六条の急に停止したときに該当しないので、これに追突した事実があつてもそのこと自体から被告人が法第二六条の追突を回避するに足りる必要な距離を保持していなかつたと推定することはむずかしく、また被告人が当時時速四〇キロメートル位の速度で、前記今吉の車の直後六メートルの車間距離を保持していたことについては前掲証拠(一)及び被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の自供以外に確かな証拠はない、しかして被告人の実況見分当時における指示(自供)は多少矛盾がある、即ち同調書の交通事故発生現場見取図(二)によれば、被告人が急ブレーキを踏んだ地点(1)と、その制動効果を生じた地点(スリツプ痕の始め)との間、所謂空走距離は九、七メートル以上(後輪より車体の前部分の長さを加えると一〇メートル以上となる)であることが認められるこの空走距離は条件によつて多少の伸縮はあるとしても、これをもとにして右自供の時速四〇キロメートルの速度、車間距離六メートル(公判では九メートルと供述をひるがえしている)並びにブレーキを踏んだ地点等を考えると、これらは真実に合致しているか、どうか甚だ疑わしく他に当時における被告人の速度並びに車間距離を正確に認定しそれが追突を回避するに足りる必要な距離でなかつたことを認定するに足る資料はない。
結局本件公訴事実はその証明がないといわざるを得ないので刑事訴訟法第三三六条により主文のとおり判決する。